欠田誠のマネキンの世界
第13話 スーパーリアルな人体造形・自分の分身像にまつわる話

 前々回のエッセイ第11話で、東京都現代美術館で開催中(2007年10月20日→2008年4月13日)のポップ道1960s―2000s展について紹介しましたが、今回は同展に出品されているスーパーリアルな自分像の制作にまつわるエピソードを少し紹介したいと思います。出品されている3体の作品は原型作者自身をモデルに制作した男性像2体と、モデル嬢をモデルに制作した女性像1体で、全て東京都現代美術館に所蔵されている作品です。

 男の立像は原型作家・加野正浩をモデルにタバコを吸っている座像は私をモデルに制作したものです。顔・手先・足の部分はそれぞれFCR技法(新しく開発した 目を開いたまま型を取る技術)で型取りをして制作、他の部分はモデルを見て原型作家が創作したものです。(以前紹介した岡本太郎さんやジェーン・バーキンさんのスーパーリアルな人体像は本人の全身をFCR技法で型取りしたものです。) 

 こうして出来た作品(自分の分身)は 従来の肖像彫刻や人体彫刻とは違った不思議なリアル感、存在感を持っています。これ等の作品は今までにもいろいろな展覧会に出品されましたが,其の度に作品を出品するという意識より、自分自身を人前にさらすという気持ちを強く感じてきました。

 展覧会では観客が作品の脇で作品と同化したかのように、じっとポーズをとって動かないで居る光景を必ず目にします。見る人が独自に体感したこの作品の鑑賞の仕方の一つではないかと思っています。

 私は自分がタバコを吸っているこの作品(分身)を作った時を契機に禁煙しました。

 その後この分身(作品)は一人歩きして、いろいろな所で問題を提起しているようです。作品を制作して間もない頃、1974年に第11回日本国際美術展に出品することになり、会場に作品を搬入する時、この作品が美術館の職員から「ここは禁煙になっているので、タバコを吸わないでください」と注意されました。いっこうに止めようとしないので職員がそばまで来て注意するというハプニングがありました。

 今回、東京都現代美術館での展覧会に出品されましたので、33年前の自分に会うのを楽しみに会場に行きました。 タバコを吸っているはずの作品がタバコを吸っていないので、誰かがいたずらをしてタバコを取りあげたのかなと思ったのですが、勝手に作品を触るわけにも行かず、美術館の学芸部に連絡を取ってみましたら、「今、美術館では会場での喫煙には特に気をつけているので、お客さんが此処を喫煙場所だと間違えられては困るので、わざと作品からタバコと灰皿を撤去して展示してある」との説明を受けました。私はこの作品の製作意図を説明し、もし不安であれば作品の前に注意書きを立てるか、会場に居る係りの人に特に気をつけてもらうなどで、やはり作品の意図は変えないでほしい旨を伝え了解を得て帰りました。

 翌日、早速、担当キュレターの藪前知子さんから丁重な電話をいただきました。作品の訂正を済ませた事、今回の件で、学芸部内で貴重なミーティングが出来た事などを知らされました。更に鑑賞者に間違った説明をしてはいけないので、という事で作品についていろいろな質問を受けました。

 スーパーリアルの美術活動が盛んだったころは、おそらく彼女はまだ生まれていなかった?頃の出来事ではなかったでしょうか。

 私は藪前さんとの対話を通していろいろなテーマについて考えさせられました。「作品の髪が乱れていたり着ている服が乱れていたら直したほうが良いでしょうね?」と聞かれた時、「お願いします」と応えながら、スーパーリアルなこの作品と、同様に作ったスーパーリアルなマネキンとの違いについてあらためて考えさせられました。また、この作品が禁煙活動に協力する事は、はたして本当に良くない事なのだろうか?など。過去に作った美術作品が現代に新鮮に生き続ける事とは?普段人々が街で気に留めずに出会っているマネキンを美術館の展覧会という特殊なフォーマット(形式)で見るということとは?美術とはマネキンとはという問いが今でも、私の中で余韻を残しています。

 ちなみに、この展覧会案内のパンフレットにはマネキンという工業商品とアートの境界を探るグループ七彩の作品もあわせてご紹介します。と記されています。
写真上より:
 ・「視覚の錯覚展」(1971年・西武百貨店渋谷店)展覧会案内より
  ボディはモデルを見ながらモデルの形、サイズをひたすら忠実に粘土で再現。
  スーパーリアルな加野正浩像(七彩 原型作家)を製作中の筆者。  
 ・第11回・日本国際美術展出品作の一部。
  1974年5月 TBSテレビ出演・写真の人物は全て造形作品。

 写真提供 欠田 誠