欠田誠のマネキンの世界
第24話 「人がつくる、ひと。」展にちなんで(その2)
・関連企画・アーティスト・トーク「人を作る理由」・

 展覧会の関連企画として行われたアーチィスト・トークは司会を担当された岩淵貞哉さん(美術手帳 編集長)の進行で、それぞれ異なる分野の作家がヒトガタを作ることのこだわりや、制作し始めたきっかけなどについて話す事からスタートしました。私は京都美大4回生の時(1956年)から抽象彫刻を二科展に出品し、それは1963年スペインでマネキンを制作する体験を通してマネキン美に目覚める時まで続きました。モデルを使ったリアルな造形の学習は、作ろうと思う形を作るためには、デッサン力、が必要だと思っていましたので修練の気持ちで制作していました。抽象彫刻を作りながら生活の糧を得るためにマネキン会社に就職したことがリアルなヒトガタを作る事になったきっかけでした。私は自分の体験を話しながら、人形作家のえりもさん、彫刻家の小出ナオキさん、ファッションデザイナーの津村耕祐さん、のそれぞれの分野での個々の作家の話をとても興味深く聞かせてもらいました。他の多くの人形作家や彫刻家たちもそれぞれ独自の考えやこだわりを持ってヒトガタを作っていると思いますが。人はみんな人に最も強い関心を持っており、どのような分野であれ、人体造形の原点は同じだとの思いを強くしました。それぞれの表現は、人体の持つ魅力、人間の存在の不思議、神秘を探る造形の手立てだというのが結論だったように思います。

 司会の岩淵貞哉さんから、「マネキン作家は今、日本に何人ぐらい居るのですか?殆ど名前を聞く事が無いが?」と核心に触れた質問をされました。それは私自身、今日のマネキン界で、疑問を抱いていることです。昔、マネキンが今日より多く使われ、マネキン企業も毎年全国で新作発表の展示会をしていた時代にはマネキンのカタログには原型作家名を明記し、展示会でも作家名を表示していた時代がありました。いつ頃から変わって来たのか。この歴史をたどる事は大切な事ですがそれは別の機会に譲るとして、今回の質問に対して、マネキンの匿名性について私の思いの一端を述べさせていただきました。

 私はクリエイティブな作業に匿名は無いと思っています。作家名を明らかにする事は作者が作品に責任を持つことです。ただマネキンは作家名や受賞歴などで選ばれたり使われたりするものではありません。この様な事を話しましたがこれは商品としてのマネキンの特性の一部をお話したに過ぎません。

今回の展覧会に(株)アップルの協力を得て未発表の新作マネキン2タイプ、4体を出展しました。これは私が監修し2人の原型作家がそれぞれ担当して制作したマネキンです。作家名を表示して展示しました。
最後に、今後の方向性、目指す所、予定など。について発言がありました。私はマネキン作家として社会とマネキンとのかかわりについて思いをめぐらせていますが、今日の世界規模と言われる未曾有の不況時代を迎え、物が売れない時代、今こそ市場に活気を取り戻し、人々に元気と明るさを与え、気持ちを高揚させるディスプレーをするための、新しいマネキン作りが急務だと思っています。私は時代の変化にマネキンの新しい役割が求められていることを感じています。
エンターテーメント性、ユーモアがディスプレーの基本になると思います。
写真上段より:
 1)欠田 誠  仲間、トルソー 2008年、FRP、油彩ラッカー,PP糸カツラ《170×53×48》
 2)欠田 誠  ボディー 2008年、FRP、クロームメッキ、《80×43×30》
 展覧会会場にて 撮影 筆者

 3)アーチィスト・トーク にて
 写真提供 文化フォーラム春日井