欠田誠のマネキンの世界
第25話 「人がつくる、ひと。」等身大の“人のカタチ”に迫る、展覧会。にちなんで(その3)

 1993年に秩父の山荘(山小屋)の庭に等身大のマネキンが作れるほどのアトリエを作りました。私はいつも企業内作家の立場で制作をして来ましたのでマネキンの制作は会社のアトリエで行っていたため、あえて個人のアトリエを必要としなかったのですが、企業が求めるものと自分が作りたいものが必ずしも一致するわけではなく作家はそのギャップに悩む事も多々あるわけで、そんな企業の枠からはみ出した発想を実作するために、いつかプライベートの作業場を持ちたいと思っていました。当時、友人の紹介で個展の計画が進んでいましたのでこの機会にアトリエを建てて2年後の個展開催にチャレンジする事にしました。

 時はバブル景気が崩壊し深刻な平成不況に入りマネキン・ディスプレイ業界も大きな変革の時期を迎えていました。会社での仕事が更に忙しくなり秩父での制作はほとんど進みませんでした。今振り返ってみると、作品が出来なかったのは、理由はともかく、私の力不足だったと思っています。

 わずか1年の期間でしたが私の希望でマネキンの原型を自分のアトリエで制作させてもらったことが有ります。

 秩父のアトリエでの制作は時間に関係なく、雑用に煩わされる事もなく、制作に専念できた自由で快適なことでしたが企業内作家として、一人で孤立して制作する事はあまり好ましい事ではなかったと思っています。次の年には新人が入社する事もあってまた会社のアトリエで制作する事になりました。

 いろいろな体験を経て秩父のアトリエの最も有効な使い方が見えてきたように思っています。

 今アトリエは新しいマネキン開発のための素材や形、工法、心棒の工夫 ミニチュアや顔の試作など制作途中の作品などが、雑然とスペースを占拠しています。注文があってやっている作業では有りませんし、それぞれ仕上げなければならない仕事でも無いので、ある程度結果が見えてきたらそのままにして次のテーマに移ると言うやり方をするので仕掛品が増える事になってしまいます。然し此処での研究が実際のマネキン開発に役立つ事が結構あります。

 2008年8月5日 文化ホーラム春日井より美術グループの深山路子さんと宣伝グループの山川 愛さんが展覧会出品作の打ち合わせに秩父のアトリエに来られました。この時点では制作途中の作品ばかりで完成した作品は1点も無い状態で、この時に完成を想定して選んだ作品を展覧会開催までに仕上げることにしました。

 作品の・写真(1)はスーパーリアルなマネキンですが ・写真(2)(3)は抽象的な作品です。これらは今日の市場での幾つかの個性的なファッション・ブランドや店を自分なりに選び、資料でそのファッシンや店の特徴やコンセプトを調べそこに適したディスプレイをイメージして制作したマネキンです。私は実際に市場を見ながらそのような発想で制作を試みています。マネキンの概念を超えてイメージがどんどん広がります。実際にマネキンとして採用する場合にはもろもろの制約の中でさらに改良を加える事になります。

 この作品は実際に使われているものではなく、今回初めて発表できた作品です。
写真上段より:
 1)仲間、再会 2008年 FRP、油彩ラッカー、PPカツラ
 2)顔 2008年 セメント、アルミ板、FRP
 3)顔 2008年 ラッカー塗装
   展覧会会場にて 撮影 筆者