欠田誠のマネキンの世界
第38話 マネキン生産の話
 今日マネキン生産の多くは外注生産が主流になっています。更に近年中国での生産のウエイトが高まっています。日本のマネキン企業が幾多の困難を乗り越えて中国での生産に力を注いできた一番の理由はなんと言っても生産コストの削減にあります。幾多の困難とは、品質の問題、原型のコピーなどオリジナルに対する意識の違い、手続き上の問題など発注してから製品を受け取るまでにかなり時間がかかる事や、同じモデルを大量に発注しないと海外生産のメリットが少ないなどがあります。それに対して多品種少量生産、納期の短縮といった今日の市場のニーズにいかに応えていくか、海外での生産には困難な課題が多くあります、然し双方の努力によってかなりの問題が解決されつつあります。

企業が生き残る為とは言え、技術者が現地に出かけ、あるいは駐在して技術指導を行うことは長年培ってきた貴重な技術の流出でもあり、国内生産が減ることは国内の製造業の衰退、技術職人の高齢化など深刻な問題を抱えていることは日本の製造業全般に共通して言えることです。
日本のマネキン企業が本格的に海外生産を始めたのは1970年の後半からで、私は1979年(株)七彩 時代に韓国のマネキン会社に生産のための技術交流などで3年ほど関わったことがありました。当時はマネキン企業だけでなくいろいろな企業が韓国で生産を始めていました。
1979年は第2次、オイルショックでマネキンを作る樹脂が思うように入らず、しかも価格が高騰し、生産部に大きな衝撃を与えた年でした。
韓国生産は生産コストを下げることが大きな目的でしたが、韓国も急速に物価が上がり、その後韓国生産から撤退することになりました。

 話は少し飛びますが、1997年、(株)ヤマトマネキン時代に上海のマネキン会社に 原型制作の技術指導と言う役割で協力することになりました、この時は単に生産の依頼という目的でなく原型作家同士の交流のための基礎作りという目的で、中国の若いアーチストとの共同制作など楽しい体験をしました。原型作家たちはとても熱心で、もの作りに対するひたむきな情熱に感動させられた思い出があります。これらの資質が今日の中国の経済発展の礎になっているのだと思います。
今中国のマネキン工場ではアメリカやヨーロッパのマネキンの生産も引き受けてかなり活気があるようです。日本からの受注はそれほど多く無いけど技術の習得のために大事な相手であることは今も変わりません。さすがに中国は広く、業者の技術格差がかなりあるのが現実です。国の政策で価格が急速に高くなるようなことがないので技術が更に向上すれば強い競争力を持つでしょう。

 日本のマネキン企業の多くが生産を中国に依存しようとしている事実は否定できませんが、一方わが国でも技術の改善や素材の研究開発に努め、高い技術力で信頼され国産の誇りを維持している工場があることは嬉しいことです。
関西では滋賀県の「アトリエ・アールヌーボ」社。関東では、茨城県の「伊藤マネキン」社。などがあります。これからの世代の技術者がこれらの伝統を引き継ぎ,更に発展させ、我々も其の技術を大いに生かしたもの作りに努めることによってMade in Japanの価値を世界にアピールしていく事がとても大事な事だと思っています。