欠田誠のマネキンの世界
第52話 「堀内正和へのオマージュ展」にちなんで その1

コッペリア(スペイン)の思い出

4月30日から5月 22日まで渋谷のギャラリーTOMで「堀内正和へのオマージュ展」が開催されています。出品作家は浅野庚一 安齋重男 石井厚生 伊藤公象 伊藤智香 今井由緒子 井田彪 江口週 海老塚耕一 小川阿屋子 欠田誠 北裕行 黒川弘毅 篠田守男 澄川喜一 住谷正己 瀧川嘉子 竹内三雄 建畠朔弥 田辺光彰 多和圭三 知多秀夫 富田眞州 内藤晴久 中津川督章 中村ミナト 橋本正司 早川重章 彦坂尚嘉 三澤憲司 溝田コトエ 宮脇愛子 三好ユキ子 最上壽之 望月菊麿 森田玖吾 保田春彦 吉本義人 米林雄一 渡辺豊重、のメンバーです。当ギャラリーではこの展覧会に先駆けて、3月26日から4月24日まで「生誕百年記念 堀内正和展」が開かれました。堀内正和さんは日本を代表する抽象彫刻家で、2001年に90歳で亡くなられました。今年は生誕100年の記念の年です。

 堀内正和さんは1963年に第5回高村光太郎賞、1969年、第1回現代国際彫刻展大賞を受賞されるなど日本における現代彫刻のパイオニアとして知られています。他に、1950年より京都美術大学(現、京都芸術大学)教授として、彫刻の基本として最も重要な空間構成力を身につけるためにアカデミックな美術教育から脱皮した新しい美術教育をいち早く実践し、多くの人材を育てられました。また、美術出版より出版の坐忘録では独自な視点で現代彫刻、人生を語るなど、多くの人たちに影響を与えています。

『堀内正和へのオマージュ展』

 ギャラリーTOMは視覚に障害を持った人たちにも、現、近代の優れた造形作品を自由に手で触れて鑑賞できる場として1984年に創設された私立美術館です。私が当ギャラリーを知ったのは1986年10月、「視聴覚障害者のための手で見る堀内正和展」で、それからも堀内正和、(抽象彫刻)、佐藤忠良(具象彫刻)の 手で見る彫刻2人展などがありました。今日では手で見る展覧会のみでなく、常設展のほか、広く内外の造形家、音楽家、学者を招いてコンサートやレクチャーを試みるなど、多様化する現代芸術へのアプローチが注目されています。

 「堀内正和へのオマージュ展」に出品されている作家は、それぞれに制作を通して堀内正和さんと親しく関わりの深かったアーティストと思います。やはり抽象的な造形の作品がほとんどですが、私は今テーマとして研究中の素材と表現を試みた具象的な男の顔の作品(写真掲載)と、スーパーレアルに制作した人体の顔の部分を再制作したマスクを出品しました。

 私は京都美大の彫刻科を卒業した年にマネキン会社に就職し、企業内作家(サラリーマン)で生活の糧を得ながら抽象彫刻を制作して二科展に出品していました。美大4回生の時に第41回二科展に出品して特待賞を受賞、第43回二科展で京都新聞社長賞、第46回二科展で二科銀賞、第47回二科展で会友に推挙されました。1963年にスペインのマネキン会社から招待を受けてフランスのマネキン作家、ジャンピエール・ダルナのマネキン制作に協力するという貴重な体験をしたことで、マネキンは一般大衆のためのアートであり、人体表現(人体彫刻)の新しい分野だという思いが確信に変わり、私の新たなチャレンジが始まりました。私の作品は大きく変わりましたが今日では、テクノロジーの発達や新しい素材の開発などと相俟って人体表現(人体彫刻)は多様化されフィギア、人形、マネキン、彫刻、などの垣根が曖昧になってきており、其れは私の作品にも言えることです。造形作家という言葉が一般化してきたのは近年のことです。マネキン造形にアートとデザインの世界と、ある意味では「定まらない造形の世界」に私は魅力を感じています。マネキン造形の可能性を追求しながら私の造形思考は美大で堀内正和先生に学んだことが基礎になっていることを強く感じています。
写真上段より:
 1)『堀内正和へのオマージュ展』出品 コッペリア(スペイン)の思い出 2011年 金属、FRP、ウレタン塗装
 2・3)『堀内正和へのオマージュ展』ギャラリーTOM会場風景

 作品・撮影 筆者