欠田誠のマネキンの世界
第64話 リアルマネキン 再考

 世界同時不況が続く中、売り場ではリアルなマネキンが減って、あまり費用のかからない、ボディやヘッドレスマネキン、メイクやかつらが要らない抽象的な様式のマネキンなどが多く使われています。過去にも同じようなパターンが繰り返されてきました。トータルで見るとリアルなマネキンの使われる割合は減ってきているようです。これはディスプレイ全体の傾向とも言えるでしょうし、マネキン企業の事情ともいえるでしょう。ボディや抽象的なマネキンは商品を展示する為の道具としては便利で使いやすいでしょうが、マネキン本来の魅力、役割はやはりリアルなマネキンではないかと私は思っています。リアルマネキンの造形はかなり高度な技術が必要で容易く作られるものではなく、メーカーや作家の力量や個性が如実に現れるものです、それにリアルマネキンは常に作り続けていなくてはその技術を維持することは難しいものです。抽象的なマネキンはメーキャップをする必要がないのでメーキャップの技術も低下するばかりではなく、メイクの人材も育ちません。

 本来マネキン造形の世界では優れたメーキャップアーチストの存在は不可欠です。

 シーズンやファッションの変化、によってマネキンのメイクは常に変えられ、使われる場所によっても効果的なオリジナルメークが創作されてきました。それらの技術がマネキンの付加価値でもあります。作家は市場や企業のニーズに翻弄されては、作品の様式に係わらずよいマネキンは作れないと思います。需要が無いとすれば、人体造形の造形力を更に高め発展させていくか否かは、作家個人の研鑽にかかっていると言えるのかもしれません。人体造形の原点に戻ってマネキンを見直す必要を感じています。

 かつて欧米のマネキンが日本の市場に多く輸入され、我々のマネキンも同じ市場で競わされたリアルマネキン全盛の時代に、日本の作家の作るマネキンは立体的に弱くディスプレイ栄えがしないと言われたものです。それは技術の問題ではなく、人体彫刻の歴史の違い、彼らのとの血液の違いのようなものを感じ、苦悩したことを思い出します。

 ミロのビーナス(パリのルーブル美術館 至宝の作品)は紀元前2世紀に作られたといわれています。これほど魅力的で美しい肢体の大理石の女性像が、日本の弥生時代に作られていたこと、人体彫刻の西欧と日本の歴史を改めて検証することは、日本のマネキン造形を思考する上でも意義のあることだと思います。一方日本には縄文、弥生、古墳時代から今日に至る独自な歴史があります。江戸時代の美術は西欧の近代美術に大きな影響を与えました。そして今、新たに東洋の美術が世界から注目されています。
写真上段より:
 1)パリ ルーブル美術館にて ミロのビーナス・大理石 H214cm 紀元前2世紀
   1820年、エーゲ海のミロス島で出土。
 2)パリ ルーブル美術館にて サモトラケのニケ・大理石 H328cm 紀元前2世紀
   1863年エーゲ海のサモトラケ島で出土。
 (撮影・筆者)