欠田誠のマネキンの世界
第82話 商品としてのマネキン・原形作家のつぶやき

 マネキンは服を着せるためにサイズの制約や、商品であるための多くの制約のなかで作られることを前回述べました。近年、人体彫刻の表現は多様になって、彫刻、フィギア、人形、マネキンなどとの境界が曖昧になったと言われていますが、マネキンのようなプロポーションの女性は彫刻にならないと、今でも彫刻のモデルでは敬遠されることが多いようです。整った体型は彫刻家のインスピレーションを刺戟しにくいと言えるのでしょうか?
 マネキンの原形を何体も作っているとそのうちにマネキンサイズが身について、それ程サイズを確かめなくてもマネキンの寸法で形が作れるものです。更に服を着せた状態も意識して作りますので、そんな作業を繰り返しているうちに女性の体を見る基準が自分の中に出来てしまい、実際に女性を見てその人のサイズをほぼ正確に言い当てられるようになるものです。サイズは重要ですが、マネキンの魅力はサイズを超えた造形の表現にあることは言うまでもありません。
 ファッションの流行と深いかかわりを持つマネキンは時代と共に常に変わり続けるもので、たとえヒット商品となった作品であっても時期を見て新作にモデルチェンジし続けなくてはならないのが商品としてマネキンの使命です。

 企業にとって少ないモデルを大量に生産すること(少品種大量生産)がより効率が良い事でありそれに対して多品種少量生産は個々の付加価値が高く評価されなくては営業的には成り立たないことになります。マネキンは数多く使われて市場を華やかに活性化し店や商品をアッピールする役割を持つ一方、店や商品の独自性、特徴、他との差別化をマネキンによって分かりやすくビジュアルに伝えるという役割を持っています。後者はカスタマイズされた商品選択に応える多品種少量生産の世界です。今街ではリアルな顔のマネキンが影をひそめ目鼻立ちのない卵形の顔の同じようなマネキンが主流で多く使われています。この様式のマネキンは1970年半ば以降デザイナーズブランド・ショップ(DCショップ)が台頭しブランドのコンセプトに合ったオリジナルなマネキンが求められ同時にVMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)の導入によって市場は個性化・差別化をより重視した時代に日本のメーカーがきそって海外のマネキンを日本に導入した一時期がありましたがその頃にヨーロッパのシュラッピーマネキン社から導入したマネキンが今日主流になっているマネキンのルーツです。当時はリアルタイプマネキン全盛の時代でもあり一風変わった抽象的表現のシュラッピーマネキンは、とても新鮮な印象を受けました。新しいディスプレイ対応のマネキンとして使われましたがベーシックなマネキンという位置づけではなく。当初日本の市場でそれ程普及することはありませんでした。その後既製服を無難に着こなせるようにサイズや体型が改められながら、レアルマネキンの様な訴求力は無いものの、使いやすく便利なマネキンとして多くの場で使われ今日に至っています。ボディー的要素の強いこれらのマネキンはそれ程目立ちませんが意識をして見ればかなり数多くのマネキンが使われていることに気づきます。当初付加価値の高かった商品もその後アレンジを繰り返し標準化が進むに従い低価格化が争点になります。マネキンの画一化、同質化の現象はマネキンメーカーが新しいマネキンの開発に消極的であると同時にディスプレイがマニアル化されそれに沿って店舗展開がなされ、販売促進に対するマネキンの効果、期待度は少なくなっているのではないかと思います。この手のマネキンはメークやかつらを必要としない為にかつてマネキン産業に欠かすことのできなかったメークやヘヤーデザインの仕事に関わっていた有能なメンバーが活躍の場所を失った事はマネキンメーカーの商品開発力の弱体化につながることであり残念なことだと思いますが、メーカーも当然これからの市場の動向を見越した上での対処だと思います。現在の状況が何時か変わることだけは確かです。その兆候が感じられます。私たちが物を作る事は市場の要求に応える役割と商品を開発し新たな需要を喚起するという役割があります。いわゆる別注制作は企業にとってリスクの少ない仕事ですが開発は未知の良さにチャレンジすることでありリスクを伴います。本来原形作家の仕事はより付加価値の高い商品作りにあったと思います。リスクに果敢に挑み続けるエネルギーと情熱が企業を支え発展させると私は信じています。


写真:
 レアルマネキン盛んだったころのマネキン 1970年後期、七彩時代
原形制作・筆者